第19話『I Remember you(前編)』

12月も中旬。クリスマスムード一色の小鳥遊町の一角にあるレストラン『Bird Nest』にて。
「僕が主人公、僕が主人公、僕が主人公…ッ」
「…なにブツブツ言ってるんスか?てんちょ」
うわ言の様に、かつ自分に言い聞かせるように―事実言い聞かせてるのだけど―呟いているのが僕、山田 文。
『Bird Nest』の店長をやっているこのお話の主人公である(ここ重要)。
そんな僕に冷ややかかつ訝しげな目でツッコミを入れたのは、住み込みでこの店のウェイトレスをしている七々名 奈那だ。
「君には分からないだろうね。主人公である筈なのに3話も出番が無く完全に主役を食われた男の気持ちなんてさ…」遠い眼で呟く僕。
「主人公がどうかは兎も角、出番がねーのはこっちも一緒ッス。っていうか何かここで働くのも凄く久しぶりな気がするッス」
はあ、と溜息をつく奈那。僕も釣られるように溜息をつく。
「定休日以外は毎日営業しているはずだから、そんな事無いはずなんだけど…可笑しいよね、僕もそんな気がしてるんだ」
「そッスよねー不思議ッスねー」
「「あはははははは」」乾いた笑い声を上げる僕達2人。
「…むぅ」そんな僕達を見て小さく呻く様な声を上げたのは、この店の副店長であり幼い頃からの友人である五代 剛だ。
「おやどうしたんだい?3話丸々使って彼女とイチャイチャし続けた五代剛君」
「そうッスよ3話分主役として出番を占有し続けた副てんちょ。気分でも悪いんスか?」
「…なんでそれを知っているのかはもう問わん事にするが…少し泣いていいか?」
「おやおや何で泣くのかな?僕は剛の事が心配で声をかけただけなんだけどな?」
「同意したい所ッスけどいい加減にしてといた方が良いッスよ?マジで泣きそうな気がするッス」
そう言われ剛を良く見る僕。確かにそんな気がしないでもない。
「まあ前フリはこの辺にしておくか。で、奈那君」
『前フリで俺は弄られていたのか…?』と恨めしげに呟く剛を余所に僕は奈那の方を向く。
「何スか?」
「何って、その溜息は今のだけが原因ってわけじゃないんだろ?悩み事があるなら相談に乗るけど」

「…まあ、悩みって言う程大した事じゃないんスけどね。いや自分にとっちゃ大した事ではあるんスけど」
「ふむふむ、それで?」
「それがその、ハチの事なんスけどね…」
ちなみにハチと言うのは奈那が育った孤児院にいる少年でうちの非常勤従業員でもある九重 八郎太の事だ。
「最近妙に自分の事避けてるような気がするんスよね。話しかけてもすぐどっかいっちゃうし」
「あの時はあんなに熱いコト行ってくれたのに好きになった途端つれない仕草。もー気になるじゃないッスか」
「それだけ聞くとまるでハチ君が恋愛巧者みたいに聞こえるなぁ」それは無いけど、と心中で呟く。
「ふむ、まあそれなら寧ろ剛の方が適任じゃない?今は僕彼女居ないし、彼の方が適任かもね」
「そんな事を言われてもな、俺とてそれほど経験は…………………………待て。『今は』?」問う剛。しまった、失言だったか。
「その言い方からすると、昔彼女でもいたんスか?」早速その話題に食いつく奈那。
もはや自分の悩み事など遥か彼方へ行ってしまったらしい。
まあいいか。別段それ位は隠しておかなくてもいい事ではあるし。
「ああ、そうだよ。大学生の頃か。僕には彼女がいたんだよ」
「初耳だぞ、文!?」「マジッスか!?」2人の驚いたような声。何がそんなに驚きなんだか。
「剛には話そうとは思ってたんだけど、言いそびれているうちに別れてね。その後は話す気にはなれなかったし」
と、そこまで言ったところで。カシャーン、と言う何かが割れる音。
僕達3人が振り向くと、そこにはウチのシェフである六道 六華が居た。音の正体は六華が床に落とした皿だった。
「ぶ、ブン…か、かか彼女居たんだ。へぇー…」
「気になるッスか?」何故かニヤニヤとしながら六華の方を向き、奈那。
「気、気になんてしてないわよ!…いやまあ全く気にならないと言えば嘘になるかもしれない感じもしないではないけど それはちょっとした知的好奇心と言うか野次馬根性と言うかこういうのって普通女性が好きな話題じゃない?ブンの事な んて別に私とは関係ないけどこんなバカを彼氏にした奇特な物好きがどんな人間だったとか付き合ってるときどんな感じ だったのか気になったりするモノじゃない?ねぇ?」一体どれだけの肺活量があるのかと思ってしまうくらいの勢いでまくし立てる六華。何やらすごい必死だ。

「良く分からないけど落ち着こうよ六華」
「う、うっさい!私はこれ以上ないくらい落ち着いてるわよ!別にアンタに彼女が居た事なんてどうでいいんだからっ」
「で、でもまあ私はともかく皆気になるみたいだし?差し障り無ければ話しても良いんじゃないの?」
「む…そうだな。話したくないというのなら無理強いはしないが、可能ならば聞きたいものだな」
「いいんスよ?話したくなければ話さなくても。でもでもでも、やっぱ気になるッスよね〜六華さん程じゃないッスけど」
「な、なんで私を引き合いに出すかな…」その六華の言葉にまたもニヤニヤとする奈那。
多少言い方は違えども、3人の行っている事はほぼ同じだった。
『嫌なら話さなくても良い』とは言っているものの、事実上これは暗に強制してるも同然だよなぁ。
でも、これだけは。この、話題だけは。
「…ごめん。残念だけど話すわけにはいかないな」僕のその言葉に、
「「「……………………………………………………」」」
沈黙とともに『何言ってんだテメェ少しは空気嫁』とでも言いたげな3つの死線(誤字じゃないよ)が僕に降り注ぐ。
「なんと言われようとこれだけはね…僕はこの話は口が裂けても話したくない」
気軽にそんな事は話せない。それに…六華がいる今は、特に。出来るならば、彼女にだけは知られたくはない。
僕の言葉からそれなりに察するモノがあったのか、皆言葉を無くす。
「――――――」とりあえず開店準備をするため何か僕が声を上げようとしたその時だった。
ドンドンドン、と乱暴に何かを叩く音。店の外にいる何者かがこの店の入り口のドアを叩いているらしかった。
「――けなさい!開けなさい山田文!!!!!いるのは分かってるのよ!!!!!」
苛立ちのにじみ出た声。僕はその声に聞き覚えがあった。
それはもう、聞いた瞬間胸の奥が痛み始めるくらいに。
思い出す。ああ、そう言えばこんな諺があったな―
『噂をすれば影がさす』って。
僕は、そんな事を考えながら、フロアへと向かった。

フロアに出て、ドアの鍵を外した、その刹那。
勢い良く店のドアが開けられ、入ってきたのは2人の女性。
1人は小柄で、髪は綺麗なアッシュブロンドのロングヘアー。
だが、整っているものの明らかにその気の強そうな顔つきは日本人のそれだ。
腰に手を当てこちら(と言うか僕)を不敵な目つきで睨み付ける。
そんな彼女を苦笑しながら見おろしているもう1人は、身長が女性にしてはかなり高い。170前後はある。
さっぱりとしたショートカットにしている艶のある黒髪と、宝塚の男役の様な精悍な顔立ちは、どこか知的な印象を抱いてしまう。
顔にかけられた真鍮縁の野暮ったいメガネも、彼女にかかれば流行最先端のファッションアイテムに見えるから不思議だ。
「…ふん、まあまあね。ちょっとは見られた店みたいじゃない」、小柄な方の女性が店を見渡し、開口一番そう言った。
「気にしないでくれ、文。今の言葉はわりと上等な部類に入る褒め言葉なのさ」
それは君も分かっているとは思うけれど、と苦笑したまま長身の女性がすかさずフォローにはいる。
「うん、よく分かっているさ…久しぶり。京、那由多」
「あぁ…久しぶりだねぇ、文。…あれから随分と時間が経ってしまった」遠い眼で、京。
「なぁにが久しぶりよ。気安くアタシの名前を呼ばないで。…まあ、どうしてもって言うんなら、仕方ないけど」
「とは言っているものの、那由多はね?君に名前を呼ばれただけで内心ドキドキしていると思うよ?」
「何ならこのドアを叩く前に那由多が手のひらに『肉』と書いた数でも教えて…」
「だあぁぁぁぁぁ!!!!!黙んなさいよ、京!」
「…微妙に間違ってないかい?」
「分かっているさ、あぁ分かっているよ。だが間違ったまま覚えたそれを、一生懸命やっている那由多がどうにも微笑ましくてねぇ」
「分かってたんなら教えなさいよ!」がぁー、という効果音が聞こえそうな勢いで怒鳴る那由多。変わってないなぁ。この2人は。
…変わったのは僕だけか。いや、僕こそ、変わっていないのかもしれないな。

フロアでの騒ぎを聞きつけ、奈那と剛がバックヤードから顔を出す。
六華は居ない。恐らくは下ごしらえでもしているのだろう。此方としても、その方が好都合だった。
「えっと、お知り合いッスか?てんちょ」おずおずと、奈那。
「…僕の大学時代の同級生だよ。名前は―」
「勝手に人の名前を紹介しないで。アタシの名前は棗 那由多(なつめ なゆた)よ」
「ボクの名前は棗 京(なつめ けい)。宜しくね」
「む、俺の名は五代 剛だ。ここの副店長をしている」
「自分はウェイトレスをしている七々名 奈那ッス。…出来たら名前の方で呼んでもらえると有難いッス」
「ところで、苗字が同じってコトは…」
「ああ。ボク達は双子の姉妹なのさ」
「失礼ッスけど、双子にしては似てないッスね」
「二卵性双生児だからね。仕方ないさ、そればかりはね」苦笑する京。
「???ソーセージ???ソーセージが一体どう関係してるッスか?」
「あははは。面白い、面白いねぇこの子は」
「ゴメンね。この子大分バカなんだ」僕の言葉に憤慨する奈那を無視し、京に問う。
「自己紹介が終わった所で、だ。今日はどんな用事で来たのかな?僕に会いに来たというわけではないんだろう?」
「え?あ…あったり前でしょ!誰が好き好んで会いに行くもんですか!」
「そうだろうね。君は僕の顔なんか見たくも無いだろう」
そう。そうなんだ。彼女は僕を恨んでいるだろう。憎んでいるだろう。彼女はそうする権利があるし、そうなるのも必然だ。
「…っ。そ、そうよ。文、アタシはあんたを許したわけじゃないから。一生、許してなんか―」那由多がそこまで言いかけたところで。
「ちょっといつまで話し込んでるのよ。開店時間までそう時間はないんだけど?」
不機嫌そうな顔で六華がやってきた。

「あ、六華。悪いけどもう少しかかりそうなんだ。とりあえず厨房に戻って」もらえないか、と僕が言う前に。
「そう…貴方が、六道 六華なのね?」那由多が六華の元へとつかつかと歩み寄り、問う。
「ブンの奴から聞いたワケ?そうだけど、それがどうかした?」
「あんたさえ…いなけりゃ…あんたが…いたからっ…」呟くような声。僕を含めそこに居る誰もが聞き取れない程の。
何を言っているのか大体分かっていたのか、京だけが悲しそうな顔で微笑していた。
「?良く聞こえないんだけど?」
「…別に、大した事じゃないわ。それよりあんたよくこんな奴と一緒に仕事してられるわよね正直、神経を疑うわ」
「確かにブンはその通りだけどさ…なんでアンタがそこまで言うわけ?」
「そりゃあ、その、私は…あんたと文が一緒ってのが…その…」急にモジモジとしながら煮え切らない態度になる那由多。
「そ、そうよ。コイツは最低な男なんだから!一緒に居てもロクな事にはならないわね、ゼッタイ」
「だから何の根拠があって―」那由多の言葉にさらに問いかけようとした六華だったが、
「簡単な事さ」京が微笑を浮かべたまま口を挟んだ。
「ちょっと、京!」
「いいじゃないか那由多。いずれ話題に上る事さ。早すぎる、かも知れない」
「けどね。何時でも、何事においても早すぎるか遅すぎるか、それしかないのさ。さて、先程の答えだけど」
「早い話、那由多と文は交際していたのさ。あの時、誰よりも彼の近くに、誰よりも彼と共に時間を過ごしていた。それが、根拠さ」
京の言葉に皆が固まる。知られるのは、2人が来た時点で時間の問題だったのは分かっていたけど。


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