第2話「アイスドール・ウェイトレス(前編)」

開店(正確には営業再開だが)まで後わずかとなったある日。
準備のため作業をしていた俺、五代 剛は
「ウェイトレス分が足りない」という親友の言葉に、
「…開店準備のストレスで頭がおかしくなったか?文」当然の如くツッコミを入れた。
「気づいたんだよ」
文は俺の話を聞いている様子も無く、天井を仰ぎ、芝居がかった仕草で話を続ける。
「人気の在るレストランに在ってそうではないものに」
と、そこまで言って文はニヤリ、と不適な笑みを浮かべる。
「それがウェイトレスというわけか。しかし、分とは何だ分とは」
「そこはほら、気分というか男のロマンと言うか」どんな浪漫だ。
「…まあいい。だが人を雇えばそれだけお金がかかる」
「当面は俺たちだけで何とか出来ると思うのだが…」
「経営が軌道に乗ってからでも求人は遅くないと思うぞ」
俺の言葉にう、と小さい呻き声を上げ、二の句が告げなくなる文。
だが、思わぬ相手から文を援護する声が。
「いいと思うわよ。まあ、コイツの発想の動機が相当不純なのはムカツクけど」
「それでも言ってる事は正しいもの」
という声の主は、このレストランのシェフを勤めることになった女性。
長く伸びた髪を結い上げ、ポニーテールにしている。
俺達の、学生時代の同級生だった六華だ。

「幾ら私でも1人で厨房回すのは無理よ。誰かサポートしてくれる人がいないと」
「そうすると、必然的にフロアを担当するのは一人になる。ブン1人じゃ無理よ」
「いつの間にか俺が厨房に行くのは決定しているようだな…」
「ゴウ、アンタのその外見でフロアに立ったら客逃げちゃうわよ。デカイし顔怖いし」
「六華、怖いというより下手に精悍な顔立ちしてるから迫力が凄いんじゃないか?」
「そうね、ストイシズムの塊のような男だから、それが顔に出てるのかしら。いっつも眉間に皺よってるもの」
「むう…」俺の額に汗が一筋。
「そ、それにっ…」
「ブンが厨房に居たら鬱陶しくて仕事に集中できないわよ」
文から視線を逸らし、言う六華。微かに頬が赤い。
ちなみに今の言葉を訳すと、
『大好きな貴方が一緒に居たらドキドキしちゃって、料理なんか手に付かないの(はぁと)』
と言った所だろうか。
「うう…」ガクリとうなだれる文。それを見て顔をしかめる六華。
彼女が顔をしかめている原因は文が悪いのではない。自己嫌悪だ。
そうするくらいなら少しでも素直になる努力をすれば良いものを。
文もそうだ。いつもはとても鋭いところがあるくせに、何故六華の気持ちには気づかんのだ。
2人を見ていると、本当にもどかしい。
俺は2人に気づかれないよう、そっと溜息をついた。

「とにかく、そういう事ならさっさと求人活動始めなさいよね、ブン」
「そうだね、それじゃ早速…」六華の言葉に立ち上がろうとした文に、
「そ、その前に料理いくつか試作したんだけど。味見してくれない?」
「一応言っておくけど、た、食べてくれる奴なんて誰でもいいんだからね?そこ勘違いして自惚れないでよ?」
今の言葉を訳せば、
『私の作った料理、貴方に一番に食べて欲しいの☆』と、大体こんな感じか。
「分かってるさ」
「分かってないわよっ…」文に聞こえないようにボソボソと呟く六華。こっちには丸聞こえなのだが。
ああ、本当にもどかしい。
「…まあいいわ。試食第一号だからね、ありがたく思いなさいよ」彼女はテーブルに料理を何品か載せていく。
「お安い御用だよ。六華の料理なんて久しぶりだなぁ」と言いながら、文は料理を口に運ぶ。
「………………」咀嚼する文の顔つきは何処までも真剣だ。
「ど、どうなのよ?」
「…おいしい!やっぱり六華は凄いな、天才だよ!」と言いながら、満面の笑みを浮かべる文。
「お、お世辞なんか言ったって何も出ないわよ」
「お世辞なんかじゃないさ。本当に美味しいよ、六華」
「そ、そう?…いちいち大げさなのよブンは。ウソ臭く聞こえちゃうじゃない」
と、口を尖らせる六華だったが、それが照れ隠しなのは明白だった。
文に見えないよう、片手で小さくガッツポーズを取っているのが見えたからだ。

―数日後―

「来るんだよ!」文は俺と六華の顔を見るなりそう言って来た。喜色満面と言った顔で。
「『来る』って…なにが?」問う六華。
「バイト希望の子さ!電話で連絡がきてね。もうすぐ来るはずなんだけど…」と、その時。
カランコロン、とドアが開く時になる音。来客らしい。とは言うもののまだ開店しているわけではない、という事は―
「来たみたいだ。それじゃ、言ってくるね」と言い残し、文は厨房から出て行った。
数分後、文が再び厨房に入ってきた。今度は憔悴しきった顔で。
「だめだっ、あの子だめだっ…」
「どうした、文」
「あの子にウェイトレスなんて無理だよ…。六華、頼む、雇えないって言って来てくれない?」
「はあ?何で私が?アンタ店長なんだからもうちょっとしゃきっとしなさいよ」
「とにかく一度行ってみてくれよ、行けばわかるよ」
「ワケわかんないなァ…」
「頼む、六華が頼りなんだよ」捨てられた子犬のような目で縋る文に母性本能でも刺激されたか、
「しょ、しょうがないわね…代わりに言って来てあげるわよ。顔見てみるのも悪く無いし」
「貸し一だからね。覚えておきなさいよ、ブン」
そう言いながら、おそらくは来ている子の履歴書を受け取り、厨房から六華が出て行った。
再び数分後、六華が戻ってきた。凄まじく機嫌の悪そうな顔をしている。
「むっかっつっくぅー!何よあの子?自閉症か何かなんじゃないの?話にならないわよ!」ヒステリックに言う六華。
「私もあの子の面接パス。ゴウ、任せたわよ」と言うと、俺に履歴書を渡す。
結局俺か。再び溜息をつくと俺は厨房から出て、事務所に向かう。事務所に通じるドアを開けると『彼女』はいた。
彼女を見た俺は―
恋に、落ちた。あまりの事に、俺は持っていた履歴書を取り落とした。
その履歴書には、こう書かれていた。
【草薙 凛】と―


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