その5

「君が恋しく、君を抱きしめ」

躍動感あふれるリズムで、部屋中に突き抜けるようなメロディーが響き渡る。
それに乗って、心地良く耳を通り抜ける歌声が飛び交う。
そして、最後に大きく締めの声を上げてステージ上の彼女――かなみが満足げに笑った。
汗だくの彼女は、同じく汗だくの山田と水谷にお疲れと労われ、そしてこちらを見る。
その笑顔が照れくさく、俺は少し頬が赤くなるのを感じ、
「まあ、いいんじゃないか」
素直に「よかったよ」とほめる事ができなかった。
けれど彼女は満足げに頷いて、俺のほうへ向かってくる。
今日の日にちは、九月十二日。
テスト一週間前、そしてそのあとに文化祭を控えた日。
今日は、テスト前最後のかなみ達のバンドの練習に付き添った。
文化祭で行われるバンドの活動は、受験を控えたかなみ達が最後に頑張れる学校行事だ。
そのために、みんな必死になって練習して、汗かいて、笑って。
「……そりゃ、かっこいいわな……」
「ん?なに?なんか言った?」
「なんでもないから忘れろボーカル」
下から覗き込むかなみの顔を直視できない。
「え〜、気になる〜」
「なんでもないって」
「吐け!お前はなにをした!」
そういいながら抱きついてきて首に手を回す。
「さあ〜、吐くのだ。かみんぐあうとなのだ。私に全てをさらけだすのだ」
やめろ、ない胸が当たってるしついでに頬と頬をあてるのもやめろ。でこぐりぐりもだ。
……照れるだろ……。
「汗くせぇよ!離れろって!」
「いい加減負けを認めるのだー」
「のだー」
「だーwww」
お前らもなにおもしろがってんだよ。
「ええい貴様!なにをためらっておるのだ!さっさと私をカッコいいと褒め称えよ!!」
「……お前、聞いてたな?」
「……えへ、実は…」
かなみの頬をつまんで左右に引っ張る。
「忘れろ、直ちに忘れろ!満を持して完膚なきまでに忘れろ!」
「いひゃい!いひゃい!ほっぺ伸ばすな!みゅ〜」
肌に感じる風も冷たくなり始めた、秋。
赤くなり始めた木の葉とともに、俺達の中で何かが、変わり始めていく……。

服屋
「あ、この服可愛い〜」
「ん?これか……お、そうだな。ちょっと試着してみろよ?」
「うん…すいませーん、これ試着したいんですけど…」

美容院
「ど、どうかな…」
「お、似合う似合う。、そのほうが俺は好きだよ」
「そ、そう?えへへ…」

ジュエリーショップ
「ほしいのあるか?」
「う、うん…これ…」
「どれどれ……68000円?わりぃ…今俺の財布の中にはそんな大金入ってない…」
「……むぅ」
「な、今はこれにしようぜ?」
「うん?…まあ、いいよ…」
「これは、いつか買ってやるからさ?」
「いつかって、いつよ」
「そうだな……プロポーズの時とかに?」
「へ?……わかったわよ…待ってるから…(////)」


「テスト前にデートしようぜ」と涼が言った。
しばらくしてなかったこともあって、私は喜んで頷いた。
別府やかなみと一緒に居るのももちろん楽しかったけど、二人の時間が最近なかったから。
で、私こと水谷ちなみとそのカレシ、山田涼は私たちのデート恒例のショッピングを終えて
現在喫茶店で休憩を取ろうとしていた。
左手薬指にはめたリング(お値段3200円也)をいじりながら、前を行く涼のあとを付いていく。


適当な席を見つけて、腰を下ろした。
雰囲気もよく、メニューを見ると、中々気の利いた品もあっていい感じの店だ。
「何にする?」
「ん〜、別に腹も減ってないし、俺はコーヒーでいい、お前は?」
「わ、私は…これ……」
ん?と涼は私が指差した先の文字を見る。
そこに書かれてあるのは、「デラックスいちごパフェ」。
何を隠そう私はいちごが大好きだ。
それと、このメニューには……
「ちなみ…お前…まさかこの《カップル記念撮影》とやらがやりたいんじゃないだろうな?」
そう、この品を頼むとカップルならお互いに
パフェを食べさせあってるところを撮影してもらえるのだ。
「う……うるさいわね…やりたいのよ…悪い?」
それを聞いた涼は、はあ、と大きくため息をついて。
「…いいぜ、頼めよ」と了承してくれた。
私は自分でもわかるほど分かりやすく笑顔になって、店員さんに声をかける。
そして涼に小声で、こういった。
「ありがとうね、照れてくれて」
「ちょ、お前、この…」とか涼はぼやいているけど、気にしない。
愛想良く笑顔を振りまく店員に、コーヒーとパフェを注文した。
「えへへ…」
ニヤニヤと笑いながら、リングをいじる。
それを涼に注意されて、二人で笑って。
そんなことをしていると、
「おまたせしました〜」と、間延びした口調で店員が品を持ってきた。
「コーヒーと、デラックスいちごパフェです……って、涼せんぱい!」
突然発せられた大声に、私と涼は目を見張る。
涼せんぱい?
「……なんだ、カリンか…」
親しげに、涼はその店員を呼び捨てにする。
……誰よ、コイツ。
「久しぶりですね〜、せんぱい。今日はお友達さんと出かけてるんですか?」
お友達?私が?
「あ…いや…いてっ!」
前に座っている涼のすねを思いっきり蹴って、
「デートよ。友達じゃなくてカノジョのわ た し と!」
できるだけ声に怒りを込めて、その子に言い放った。が、
「あー!大丈夫ですかせんぱい!お怪我はありませんか?」
このアマ、無視しやがった。
「あ、ああ…あんまり大丈夫じゃ――ぁ」
今度は声も上げさせない程度に足を踏んだ。
「店員さん?いい加減ここで油売ってないで、仕事に戻ったらいかが?」
多分、わたしのこめかみには血管が浮き出ている事だろう。
「せんぱい……カノジョさんが怖いです……」
そして涼の影に隠れるように、すっと後ずさった。
ご丁寧に涼の方に手を載せて、なみだ目で。
「―――っ!!」
もう、我慢できない。
バン、とテーブルを叩いて椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がる。
「いい加減にしなさいよ!」
「お、おい。ちなみ――」
「黙って!」
店のみんなに注目されているのがわかる。
けど、止められない。
「あなた、人をおちょくって楽しいの?さっさと仕事に戻りなさいよ!」
「ちなみ!」
少し心が揺れ動く、けれど。
所詮、少しだけだ。
「涼も!そんな子に振り回されてないで、堂々としてなさいよ。私と涼が付き合ってるって胸を張って言えないの!?」
「……」
「なんで、黙るのよ……」
店に居る客全員の視線が、突き刺さる。
「知らない…」
「ちな――」
「今日は、最悪の日だったよ」
そういい残して、私は店から出て行った。
涼の、バカ。


あ……
次第に小さくなるちなみの背中を眺めながら、それでも俺は何もできない。
―――私と涼が付き合ってるって、なんで言えないの?
―――なんで、黙るのよ。
―――今日は、最悪の日だったよ。
頭の中に、さっきのちなみの言葉が響いて、何もわからなくなって。
けれど徐々に冷静さを取り戻していく自分がいて。
「―――っく」
僅かに喉から、呼気が漏れる。
「せんぱい……?」
隣で、状況を理解していない俺の「元カノジョ」カリンが呟く。
一瞬、こいつに八つ当たりしようと思った。
―――知らない……
けれど、ちなみの泣きそうな表情が脳裏に浮かんで、何もできない。
結局俺が不甲斐なくて、情けなくて彼女を泣かせた事には変わりないから。
これ以上、惨めになりたくないな……
「カリン、悪い。今日は帰るわ」
財布から二千円札を取り出して、テーブルに置く。
後ろから聞こえる疑問の声も無視して、俺は出口へと向かった。
「……そっかぁ…」
俺、フラれたんだな……。


もう九月の半ばを過ぎたというのに、まだまだ肌に触れる空気は暖かい。
額に浮かぶ汗を手の甲で拭いながら、眠い目をこすりまた学校へ。
ふと、見知った背中が前を歩いている事に気付いた。
そこまで小走りで、近づいていく。
「よ、山田」
そいつの背中を叩いて、いつものバカ面を拝もうと前へ行くと、
「……ああ、おはよう。別府」
いつもよりテンションの低い、山田涼がいた。
どこかやつれたような感じで、別人みたいな違和感がある。
「……どうしたよ?」
テスト勉強か何かで寝不足なのだろうか、目が赤い。
「いや……ちょっとな。しばらくは、はしゃぐ気にならん」
山田はそう言って、力なく笑ってみせる。
「……そうか……」
そういや、水谷は?と聞こうとして、やめる。
「ごめん」
俺達の間を、不機嫌な顔して通り抜けた水谷に気付いたからだ。
その異常な様子に、俺は山田に聞く。
「お前……」
「ああ」
フラれた。ともう一度笑って、山田はまた目を伏せる。
「わりぃ……」
「気にすんな、どうせいつかバレるんだ」
それから俺は、学校に着くまで一言も喋る事ができなかった。


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