【ツンデレな妹VSデレデレな姉11】

 お姉ちゃんが花見をしようと言い出した。
「お姉ちゃんとタカくんとカナちゃんの三人で、お弁当食べながら。きっと楽しいよ?」
「俺は異論ないけど、カナが『姉ちゃんの弁当なんて食えたもんじゃないカナカナ。だから、兄貴にはあたしがお弁当作ってあげるカナカナ。これで兄貴とラブラブじゃないカナカナ』と言うのです」
「どういうこと、カナちゃん!?」
 お姉ちゃんが超怖い顔で妹のカナに詰め寄った。
「い、言ってないわよ! ちょっと兄貴、なに勝手に捏造してんのよ!」
「騒がしい人たちだなぁ」
 お茶をすすってたら殴られた。
「まぁそういうわけで一騒動あったものの、無事お花見と相成ったわけなのです」
「首謀者が何を他人事みたいに……」
 近くの公園までやってきた俺たちは、手頃な桜の近くにレジャーシートを敷いてその上に座った。お姉ちゃんが作ってくれたお弁当をその脇に置く。
「わぁ、満開ね」
 お姉ちゃんが髪を押さえながら桜を見上げた。……ううむ、身内びいきがあるにしても絵になる人だ。
「……兄貴、何ぼーっと姉ちゃん見つめてんのよ」
「ききき気のせいだ! そ、それより俺としては一刻も早く弁当を胃に納めたいのですが」
「タカくん、めっ! ちゃんと桜を鑑賞してからじゃないとダメ!」
「お、お姉ちゃんが俺を叱った……ああ、もうダメだ。カナ、慰めて」
 よろめきながらカナの膝に頭を乗せたら、いっぱい殴られた。
「お、お姉ちゃん、カナが顔の形が変わるくらい殴る〜」
「あらあら、可哀想に。よしよし」
 お姉ちゃんのふくよかな胸に顔を埋める。それだけで顔の耐え難い痛みが消えていくようだ。
「ったく、甘えん坊が……」
 ひとしきりお姉ちゃんに甘えた後、カナがふて腐れたようにぼそりと言った。
「俺のどこが甘えん坊だというのだ、カナ?」
「その状態でどうしてそんな台詞を言えるんだか……」
 お姉ちゃんに後ろから抱っこされている状態の何が悪いというのだ。よく分からんことを言う妹だ。
「とにかく、食べよう。食べながら花見すればいいよね、お姉ちゃん?」
「そうだね、タカくん。いーこいーこ」
 くりくり頭をなでられて、気分は小動物。やや屈辱的だが、もう慣れた。
「それじゃ、い……」
「いただきまーす」
 手を合わせ食事開始の合図を出そうとした刹那、カナがいただきますと言い放った。
「お、お姉ちゃん! カナが俺のいただきますを取った!」
「いちいち姉ちゃんに甘えるな、馬鹿兄貴!」
 カナに殴られたので、甘えるのはやめて弁当を食うことにしよう。
「むぐむぐ……やっぱお姉ちゃんの作るご飯は美味しい」
「そう? えへへへっ、ほらほらっ、これも食べて食べて」
「もがもが」
「……姉ちゃん、食べさせるのもいいけど、口に詰め込みすぎ。兄貴の顔が変色してるわよ」
「わっ、タカくんの顔色が青紫色に! 大変だけど、紫陽花みたいで綺麗♪」
 お姉ちゃんは本当は俺のことが大嫌いなのではないだろうか。
「姉ちゃん、兄貴痙攣してるけど……」
「わわっ、大変たいへん! だけど、人工呼吸の大ちゃんす! いくよっ!」
「兄貴、お茶」
「ごくごくごく……ぷはーっ、サンキュ、カナ。死にかけた」
「あああああっ!? タカくん復活してる!? ちゅーできなかった、ちゅー!」
「お姉ちゃんうるさい」
「タカくんに叱られたー……しょぼーん」
 ちょっと可哀想だけど、棺桶に足を半分突っ込んだ身としてはそれくらい言ってもいいだろう。
「にしても、本当姉ちゃんの作るご飯美味しいわね。……なんであたしが作ると美味しくないんだろう」
 カナが唐揚げをつまみながら言った。
「人には出来ることと出来ないことがある。カナはお菓子作りが上手だから、それでよしとすればいいじゃん」
「そ、そうだけど……でもさ、やっぱ料理上手な方が女性らしいじゃない」
「そういうことは女性が言うことだぞ?」
「立派な女性よ!」
 唐揚げが口に突っ込まれた。
「もがもが……ごくん。んん、うまひ。飯は美味い、桜は綺麗、さらに可愛い娘さんがいる。言うことないな」
「姉と妹だけどね。……兄貴、彼女とか作らないの?」
「ホムンクルスの作り方知らないんだ」
「誰も製造しろとは言ってない!」
「それ以外にどうやって俺に彼女を作れるというのだ!?」
「自分が全くもてないことをそこまで誇らしげに言うなんて……タカくんってすごい!」
 お姉ちゃんに褒められたが、どうしても褒められているような気がしない。
「あははははっ、やっぱ兄貴ってもてないんだ」
「も、もてるぞ!? この間なんて、三丁目の花子にすごいアプローチを受けたのだ! いや、モテモテで困る」
「三丁目の花子って、山田さん家の犬のこと?」
 お姉ちゃんが俺のささやかなプライドを打ち砕いた。
「兄貴、動物にだけはもてるもんね……」
 昔からどういうことか動物にのみ大人気な俺です。
「もういいよ。俺は花子と一生を添い遂げるから」
「タカくんが獣姦趣味に目覚めた!? どど、どうしよう!? お姉ちゃん、動物のコスプレしたらいいのかな!?」
 お姉ちゃんはそそっかしくて困る。そんな趣味に目覚めた覚えはない。
「なに考えてんのよ! そんな趣味認めないわよ、兄貴!」
 認められても困る。
「あーもー冗談に決まってるだろーが。彼女なんかいなくても、二人がいればそれで充分すぎるくらいだよ」
「タカくん……お姉ちゃん、超感動!」
 お姉ちゃんが感極まって俺を拿捕した。胸に頭が食われる。
「し、仕方ないわね。兄貴がそう言うなら、一緒にいてあげる」
 頬を桜色に染めながら、カナが小さく言った。
「よきにはからえ」
「タカくんがお殿様みたいに」
「……調子に乗ってると潰すわよ」
 恐怖のあまりお姉ちゃんにしがみつく。もにゅん、とお姉ちゃんの大きな胸が形を変えた。
「た、タカくん大胆……お姉ちゃん、ちょっとドキドキ」
「アンタどさくさに紛れて何やってんのよ! こら、姉ちゃんから離れなさい!」
 騒がしくも楽しい花見でした。顔の形が変わるくらいカナに殴られなければ。


【ツンデレな妹VSデレデレな姉12】

 お姉ちゃんのおっぱいが大きくなったらしい。
「タカくんが頑張ってくれたおかげだね♪」
「ま、待ってください! 俺は何もしていない! 私は無実だ! 頑張るとか意味わかんない! ぼくみっつ!」
「……じゃあなんでそんな慌ててんの、みっつのお兄さん?」
 大きくなった姉とは対照的に、未だ悲しい胸囲の妹が俺を捕まえて放さない。
「ほ、本当ですよ? 触るとか揉むとかそういう淫乱ふしだら団地妻なワードは俺には似合わないよ?」
「だよね、タカくん揉むより吸う方が好きだもんねー♪」
「違う違う違うちぐげっ」
 お姉ちゃんの天真爛漫な攻撃により、妹の拳が俺の腹に恐るべき勢いで収まりました。
「どういうことよっ!」
「すいません許してください痛みで人は時に死ぬとさる漫画で学んだんです」
 平身低頭許しを請う。プライド? そんなもの妹の前では紙くず同然ですよ。
「猿漫画……プロゴルファー?」
 お姉ちゃんが変なことを言ってるけど、いつものことなので気にしない。
「だいたい姉ちゃんも姉ちゃんよ! 姉ちゃんが甘やかすから、兄貴もふら〜っと行っちゃうのよ!」
「人を灯りに誘われる蛾みたいに言うない」
「害がないだけまだ蛾の方がマシよ」
「しかし、奴らは燐粉を! 粉を撒き散らしますよ、粉! あの粉を考えると、俺の方が2倍、いや4倍は役に立つかと! その辺どう考え」
「黙れ」
 凄く怖いので黙る。ちょっと涙出た。
「あ、タカくん泣いてる……可哀想だけど、可愛い〜♪」
 お姉ちゃんが俺の頭を抱き、よしよしと撫でた。隙あらば可愛がられる。
「はぁ……姉ちゃんに言っても無駄か」
「今頃分かったか、愚かなり妹よ!」
 お姉ちゃんに守られている今なら、妹のカナにでかい顔ができる。
「……ふ、ふふ、後で覚えときなさい、兄貴」
 ただ、その後は物理的に顔がでかくなってしまうのが難点ですね。暴力反対。

「まぁそういうわけで、お姉ちゃんのブラを買いに来たのですがどうです、カナさん?」
「なんで兄貴まで呼ぶのよ、姉ちゃん」
 どうやら俺はあまり歓迎されてないようだ。確かに女性用下着売り場に男性がいるのは、あまり望ましくない光景だろう。
「タカくんが脱がすんだから、タカくんの気に入った下着がいいよねー?」
 店員さんたちがお姉ちゃんの言葉を聞き、犯罪者を見る目つきで俺を見る。
「手馴れたもんですよ」
「否定しろ、馬鹿兄貴!」
 期待されていた言葉を言ったのにカナに叱られた。確かに嘘はよくないよね。
「じゃあ俺はそこで待ってるから、二人で買ってきてよ」
「なに言ってるの? タカくんも一緒に来るんだよ」
 そう来るとは思っていたが、一緒に回るのはさすがに恥ずかしい。うむ、適当な言い訳で回避だ!
「パンツを見ると奪わずにはいられないんだ。我慢できないんだ。できなかったんだ!」
 言ってる内に自分でもそうかなぁと洗脳され、気がつけばお姉ちゃんのスカートに頭から突っ込んでいた。よし、パンツを脱がして……!
「変態かっ!」
 カナのつっこみで正気に戻る。
「ふぅ……助かった。ありがとう、カナ」
「あ、あの、それよりお姉ちゃんのパンツ返して……」
 カナと握手してると、お姉ちゃんがものすごく恥ずかしそうに太ももをすり合わせながらおずおず言って来た。
「返して欲しければ、カナのパンツと交換だ!」
「いいから姉ちゃんに返せ、馬鹿兄貴ッ!」
 高々と温もりの残るパンツを掲げていると、カナに張り飛ばされた。ピヨってる間にパンツも奪われた。
「あ、あの、カナちゃん、悪いんだけど、ちょっとだけパンツ貸して?」
「もう取ったから交換しなくていいっ! ほら、兄貴は置いて下着見よ、下着!」
「で、でもカナちゃん、わたしまだパンツはいてない、パンツはいてないよ〜」
 お姉ちゃんの情けない叫びが聞こえるような気がするけど、頭がぐわんぐわんしてよく分からない。ついでにそのまま気絶しちまえ。えい、がくり。
 で。
「かわいーの買ったよ♪ また後で見せてあげるね♪」
 綺麗な包みを振り回すお姉ちゃんと、ちゃっかり自分の分も買ってるカナと帰路を共にしているわけで。
「お姉ちゃんがブラ買ったのは分かるんだけど、なんでカナも一緒に? ……まさか、大きくなったのか?」
「まさかって何よ! ……いや、大きくなってないけどさ」
 少し拗ねたようにぼそぼそ言うカナが、ちょっとだけ可愛い。
「カナちゃんはね、パンツ買ったの」
「ちょ、ちょっと姉ちゃん! そんな大きい声で言わないでよ!」
 カナは真っ赤な顔でお姉ちゃんの言葉を遮ろうとした。
「パンツか、お姉ちゃん!」
「ぱんつだよ、タカくん!」
「パンツー!」
「ぱんつー!」
 お姉ちゃんと二人で唱和したのに、俺だけ殴られた。
「姉ちゃんも兄貴に乗せられない!」
「ごめんね、カナちゃん。しょぼーん」
 カナに叱られ、しょぼーんと言いながら指をくにくにさせるお姉ちゃん。
「まぁそう責めるな。この指をくにくにさせる動作に免じて許してやれ」
「意味分かんないし、扇動した本人が許すとか言うなッ!」
「いや、この指くにくにが俺の心を捕らえて放さないんだ。いわばこの指が牢屋の檻で、このくにくにが看守」
「えへへー、タカくん♪」
 お姉ちゃんの指を握って逐一説明してたら、お姉ちゃんがにっこり笑いかけてきたので困る。
「お、お姉ちゃん……」
「ん? なぁに、タカくん?」
 ん、と小首を傾げたりされたら、もっと困る。
「んっ、んっ! えへんえへんえへん!」
「あれ、どうしたのカナちゃん? 風邪?」
 さらりと俺の手から離れ、お姉ちゃんはわざとらしく咳をするカナの様子を見に行った。
「貧乳病だ、お姉ちゃん! あの咳を吸い込むと乳がみるみるしぼむぞ、それ逃げろ!」
「そんな病気あるかッ! 待て、兄貴!」
 追いかけてきたカナをからかうように、俺は自宅へ向けて駆け出した。
「あ〜、待ってよ二人とも〜」
 そんな俺たちの後をよたよたとお姉ちゃんがついてくる。結局家まで追いつけなかったお姉ちゃんにべそべそ泣かれたけど、概ね楽しい一日でした。

「んー、くにくに難しいな……もっと自然に」
 その夜、カナの部屋の前を通った時にそんな声が聞こえてきたような気がしたけど、聞こえない聞こえない。


【ツンデレな妹VSデレデレな姉13】

 妹のカナが熱を出した。
「どうしよどうしよ、タカくん! カナちゃん、熱あるよ!」
「ああどうしようどうしよう! カナが、カナが死んじゃう!」
「うるさい」
 カナの部屋でお姉ちゃんと二人でドタバタしてたら、俺だけカナに殴られた。
「ちょっと熱出ただけ。別に死にゃしないわよ」
 布団に戻り、カナは胸元から温度計を取り出し、お姉ちゃんに渡した。はだけた胸元をじぃぃぃぃっと見つめていたら殴られた。
「37度……うーん、今日は学校お休みだね、カナちゃん」
 お姉ちゃんの言葉に、カナは小さくうなずいた。
「カナだけ休むなんてずるい。俺も休む」
「子供かッ!」
「大人です。いや、まだ成人してないから大人とはいえないものの、気分的には大人です」
「そういうことじゃなくて……ああもう、しんどいんだから怒らせるなっ!」
「まぁまぁ。タカくんはカナちゃんが心配だから、看病したいんだよ。ね?」
 お姉ちゃんは憤るカナをなだめてから、俺に視線を移した。
「いっ、いや、俺はズル休みの背徳感を味わいだけで、別にカナが心配とかそんな」
 必死で言い訳するものの、お姉ちゃんは訳知り顔でうんうんうなずくばかりだし、カナは真っ赤になって俺を睨んでるし、嗚呼。
「じゃ、お姉ちゃん学校行ってくるね。カナちゃんのことお願いね、タカくん」
 下手クソな鼻歌を口ずさみながら、お姉ちゃんは部屋を出て行った。
「……ああもう、仕方ないから世話されてやるわよ。感謝しなさいよ」
「すげー偉そう」
「……嫌なら看病しなくていいわよ、別に」
 途端に機嫌を損ね、カナは背を向けてしまった。
「看病という名の元に恥辱の限りを尽くそうと思った矢先にこれか! こうなっては機嫌を直してもらうよう、思ってもない事を並べて悦に浸らせ」
「兄貴。ちょいこっち来て」
「なになにー?」
 ふらふらカナの寝る布団に近づいたら、鼻殴られた。鼻血でた。
「病気でも関係なしですか」
「うっさい! 思ってる事をそのまま口に出す癖どうにかしろっ!」
 俺もどうにかしたいです。それはともかく、血が出るので鼻にティッシュを詰める。
「とにかく、セクハラ……ごほんごほん、セクハ……いやいや、看病したいのですが」
「妹に欲情するって、変態と思うわよ」
「し、失敬な! 妹に欲情せずして何に欲情しろというのか! 全国1兆人の妹ファンに謝れ! でも姉も大好きです!」
「地球人口より多いっ! 怒るなら変態って言われたこと怒れ! あと死ね」
 全部律儀にツッコんでくれた。立派な芸人に育ってくれて兄は嬉しいが、最後のツッコミが冷たすぎて泣きそう。
「まぁそんなわけで、兄は純粋にカナを心配しているのです」
「病人を怒らせて、何言ってんだか……」
 心底呆れたようにため息を吐いて、カナは布団に寝そべった。
「とにかくさ、大したことないんだし、寝てたら治るわよ」
「しかし、それでは俺が暇だ」
「知らないわよ。兄貴が勝手に学校休んで、勝手に看病しようとしてるだけでしょ?」
「む……」
 確かにそうなのだが、ちっとくらい感謝してくれても罰は当たるまい。さらに、感謝が行き過ぎてエッチなことをしてくれても罰は当たるまい。しかし……。
「……ちょっと、どこ見てるのよ」
「カナのぺたい胸じゃパイズリは無理だな」
 カナの すごい 暴力
「死ぬぜ?」
「死ね!」
 部屋から追い出されてしまった。今戻ると本当に殺されかねない。寝ると言ってたし、しばらく時間を置こう。

 しばらく時間を置いたら昼になった。カナの様子を見に部屋へ。
 小さくノックをするが、返事がない。まだ寝てるのかな?
 そっとドアを開け、中を覗く。果たして、小さな寝息を立てるお嬢様が布団の中にいた。
 音を立てないようにドアを閉め、くーくー言ってるお姫様に近づく。
「……寝てる時は可愛いのになぁ」
 ぴくり、とカナが小さく身じろぎして、寝息が止まった。
「あ、起きちゃったか?」
「……く、くーくー」
 まだ寝ているようだ。少し寝息がわざとらしいような気がするが、病気の時は寝息もみだれるのかもしれない。
 カナのオデコに手を当て、熱を測る。……よく分からんが、たぶん平熱だろう。一安心。
 枕元に座り、みだれた前髪を手で揃える。ついでに頭もなでる。
「……ん♪」
 気のせいか、少しだけカナの顔が綻んだような気がした。
 ……ふむ。起きてる時になでたりしたら殴られるだろうし、今のうちに起きない程度に沢山なでよう。
「なでなでなで」
「……♪♪♪」
 カナの顔がすげー嬉しそうに綻んだ。どんな夢見てんだか。
「……っと、あんま長居したら起こしちまうな」
 腰を上げようとしたら、途中で何かに引っかかった。見ると、いつのまにか服の裾を掴まれていた。これでは立てない。
 カナの手を解こうとするものの、しっかり握られており、無理に解こうとすれば起きてしまうかもしれない。
「困ったな……」
 このままではカナが起きた時に勘違いされ、殴られること請け合い。
「ウケアイ!」
 フレーズが気に入ったので小さく呟くと、カナがぶほっと噴き出した。
「カナ? 起きたのか?」
 カナは小さくぷるぷる震えてはいるが、目はしっかりつむられたままだった。震えるって事は……寒いのか?
 周囲を見回すが、あいにく布団はカナが被ってるものしかない。……んーむ、前例がないわけでもないし、まぁいっか。
「ちょい失礼」
「っ!?」
 カナの寝てる布団の中に入る。俺の体温でカナを温める冬山作戦だ。
「うむ、ホコホコ」
 カナ方向から小さく“あぅあぅ”という声が聞こえるような、聞こえないような。
 ……しっかし、こうやって一緒に寝るなんて最近なかったけど、……いかんな。大変いかんですよ。
 カナの匂いがいい匂いで。お姉ちゃんとはまた違ったいい匂いで。
 気がつけばカナの頭を抱え込み、思い切りカナの香りを胸いっぱいに吸い込んでいた。
「あ……」
 自分の行為に気づいて慌てて体を離すと、俺を見上げるカナの視線とかち合った。めっちゃ起きてた。
「い、いつから?」
「え、えっと……今! 今さっき起きたの!」
「……そ、そか」
 大変嘘臭いですが、それを指摘する度胸は御座いません。
「そっ、それより兄貴、なんでここにいるのよっ」
「あ、いや、その、ごめん。なんか寒そうだったから。……もう出るな」
 布団から這い出ようとしてたら、腕を掴まれた。
「……? どした?」
「……まっ、まだ、寒いから。……もうちょっと」
 こっちを見ようとしないまま、カナが囁く。
「……じゃ、じゃあ、お邪魔します」
 半分出てた体を布団に戻し、再び布団の中でカナと向き合う。……ええい、なんでカナ相手にこんな緊張しなけりゃならんのだ。
「……な、なんか喋りなさいよ」
 緊張してるのはカナも同じようで、俺の腹を指で押しながら何か喋れとせっつく。
「え、えと、いい匂いですね」
「…………」
 カナは顔を真っ赤にして黙ってしまった。失敗したようだ。
「そ、そうじゃなくて、その、な? あ、あははは」
「……うぅ」
 笑って誤魔化そうとするも、カナは小さくうめくだけで誤魔化されない。
「……喋る事ないなら、その、……したいこと、したらいいじゃない」
「したいこと?」
「……な、なでなで、……とか」
 …………。なでなで、って。
「べっ、別に起きてなかったわよ!? ゆ、夢の中で兄貴があたしの頭なでてて、嬉しそうだったから!」
 カナの すごい 言い訳
「つまり、カナは頭なでて欲しいと。大好きなお兄ちゃんに頭なでて欲しいと」
「だっ、誰もそんなこと……ひゃっ」
 カナの頭に手を乗せ、優しくなでる。
「……うぅ」
 何か言いたそうだが、言い出せないまま俺にされるがままのカナ。ちょっと可愛い。
「……なー。もういいか?」
 可愛いけど、それも小一時間続けてるとなると話は別。超しんどい。
「まだ。もっと」
 カナは安心しきったように俺に抱きつき、目を細めながらもっとなでろとせっつく。
「なんか、すげー甘えん坊になってるな」
「……病気の時くらい、甘えん坊になるわよ」
 悪い? とでも言いたげな口ぶりで囁くカナ。
「いかん、カナが普段の暴虐ぶりからは考えられないくらい可愛く見える」
「……兄貴ってさ、いっつも失礼よね」
 口だけは不満そうにしながら、カナは自分の顔を俺の胸に押し付けた。
「……兄貴は、さ。いつもみたいな、元気なあたしの方がいい? ……甘えん坊は、嫌い?」
「……ばーか」
 カナの頭をくしゃくしゃに撫でる。
「大事な大事な妹なんだ。元気なカナも、甘えん坊のカナも、どっちも大好きに決まってる。俺がカナを嫌う訳ねーだろ」
 そう言って、カナを優しく抱きしめる。カナの鼻息が胸に当たり、ちょっとくすぐったい。
「……お兄ちゃん……」
 カナの俺を呼ぶ言い方が、昔の──小さかった頃に戻っていた。
「ははっ、甘えついでにキスでもするか? ほら、外国だと親愛の情を示すのにキスするだろ?」
 なーんて、と言おうとして、俺を見上げるカナの瞳が熱っぽく潤んでいることに気づいた。
「お兄ちゃん……」
「え、えと、カナ? あの、家族のキスって、ほっぺたにすると思うんですケド……」
「……そんなの、聞こえないよ……」
 カナの口唇が少しずつ、少しずつ近寄ってくる。このままでは、だがしかし……!
「たっだいまーっ! カナちゃん、元気になっ……あああああ! カナちゃんとタカくんが合体してるーっ!?」
 お姉ちゃんが部屋に入ってくるなり、不穏当な言葉を隣近所に響き渡らせた。
「ちょ、ちょっと姉ちゃん! なに叫んでんのよ!」
「そうだ。まだ挿れてないぞ」
「兄貴も何を冷静に訂正してるかっ! ほらっ、早く出た出た!」
 カナに布団から蹴り出された。とにかく、パニックに陥ってるお姉ちゃんをなんとかしないと。
 ……しかし。キスを中断され、ほっとしたのが半分、残念なのが半分なのは、兄としてどうなんだろうな。


【ツンデレな妹VSデレデレな姉14】

 昨日は俺、妹のカナ、お姉ちゃんの三人が血で血を洗う抗争を繰り広げていた(徹夜で桃鉄)ので、授業中だというのに眠くて仕方がない。
「ぐ、ぐぅ……むむ、……ぐぅ」
 必死でまぶたを開けようとしているが、眠気がまぶたを閉じさせようと邪魔をする。
「あー、じゃあ17ページを……別府、読め」
 人が必死で睡魔と戦っているというのに、壇上のオッサンがうるさくて敵わない。
「べ、別府くん、先生が読めって言ってるよ」
 隣の生徒が俺の腕をつんつん突付く。いったい何の用だというのだぐぅぐぅ。
「別府くん、別府くん、……起きてる? おーい、とりあえず立ってよぉ」
 立てと言うなら立とう。こう、いい感じに立つ。
「んぐ……ここに俺vs睡魔の闘いの火蓋が切って落とされたのだった」
「そんなこと書いとらんぞ」
「ところで火蓋ってなんだろうな……ぐぅぐぅ」
「わ、立ったまま寝てる。器用だね、別府くん」
「別府、後で職員室来い」

 なんか気がついたら職員室で怒られてた。首を傾げながら職員室を後にする。
「……ほんっと、よく怒られる人だこと」
 廊下でカナが待ってた。いつもより喋りにキレがないのは、やっぱり眠いせいだろうか。
「ふぁぁぁ……眠。……ねー兄貴、このまま教室戻ったらあたし寝ちゃうよー。どーしよ」
 珍しくカナが俺に頼っている。ここは兄として頼りになるところを見せつけねば!
「大丈夫。寝ちゃったら俺が優しく起こしてあげるから安心しろ」
「え、や、優しく? ……どんな風に?」
 どこか期待に満ちた目で俺を見つめるカナ。
「スカートの中に手突っ込んで」
「どこが優しいのよッ!」
「優しいタッチでさわるよ?」
 殴られた。
「荒々しいのが好みですか?」
 3回殴られた。鼻血出た。
「あーもー……はぁ。暴れたら疲れて余計眠くなっちゃった」
 じゃあ殴るなと言いたいけど、また殴られては敵わないので黙って自分の鼻にティッシュを詰める。
「ふぁぁ……じゃ、俺は保健室で寝てくる」
「えっ、ちょっとずるいわよ! あたしも眠いのに!」
「んじゃお前も来たらいいだろ。同衾推奨……なわけないよね? 別々に寝るのが当たり前だよね?」
 拳が近づいてきたので、慌てて真っ当なことを言ってみる。
「当然よ。……でも、病気でもないのに寝ていいのかな?」
 カナは基本的に真面目さんなので、こういったサボりイベントに慣れていない。いや、慣れてない方がいいに決まってるんだけど。
「いーいー。もしばれて怒られても、俺にそそのかされたって言えばそれで済む」
「んー……いいのかなぁ」
「いーのいーの。どーせ教室戻っても寝ちゃうだろ? だったら保健室でぐっすり寝て、午後からしっかり授業受けた方がいいって」
「んー……なんか詭弁っぽいけど、兄貴の言うとおりにする。眠いしね」
 そういったわけでカナと二人で保健室へ。
「ありゃ、別府に……妹さんも。別府はサボりとして……妹さんは?」
 顔見知りの気だるげ保険医が俺たちを出迎えた。保健室でくわえタバコってのは正直どうなんだろう。
「カナが妊娠した」
「してないッ!」
「あらら、大変。相手は誰?」
 親指で自分を指すと、カナに沢山殴られた。また鼻血出た。
「近親相姦? やるねー別府。けど、二人とも学生なんだから避妊はしっかりね」
「違いますッ! もーいい、あたし教室戻る!」
「あー待て待て、冗談だ」
 保健室から出ようとするカナの手を取り、引き止める。
「という訳で、先生。ねむねむモードなので、しばしねむねむしたい俺たちを貴方はどう思うか」
「……寝たら? 頭回ってないのバレバレよ」
「やった、許可が出た! 寝るぞカナッ!」
「ひゃあああ!? ちょ、何すんのよっ!」
「お姫様抱っこ」
「だから、なんでするのかって聞いてんの!」
「誰かをお姫様抱っこするのに理由がいるのかい?」
「いるに決まってるでしょッ!」
 適当にかっこいい台詞並べてもカナには通用しなかった。でも、お姉ちゃんにはたぶん通用する。とにかく、カナを降ろす。
「まったく……いらんことばっかして」
「眠いから仕方ないよね? 普段の俺はもっと賢しいハズだよ」
「いつもと同じよ?」
 真顔で言われると、まるで反論できない。
「あー……小芝居をしてるところ悪いが、ベッドの空きが一つしかないんだ」
「小芝居じゃありません! ……って、そうなんですか?」
 カナの言葉に、保険医がうなずく。どうしたもんかと眠まった頭を高速回転、アイデアが出た。
「一緒に寝よう」
「絶対イヤ」
 一秒と経たず戻ってきた言葉に、ちょっと傷つく。兄妹なんだからいーじゃん、別に。
「じゃあ、俺が既に寝てる奴と一緒に寝る」
「ダメに決まってるでしょ。もう、ちょっとは本気で考え……」
「……いや、別にいいんじゃないか? ちょうど寝てる子はキミ達のお姉さんだし」
「お、ラッキー。んじゃ、俺はお姉ちゃんと一緒に寝るぐげっ」
 保険医の言葉にスキップでお姉ちゃんの待つふわふわ布団へ向かっていたら、カナに首を掴まれた。
「が、学校で一緒に寝るなんてダメッ!」
「おや、家では一緒なのかい?」
 うなずこうとしたら、隣から拳が襲ってきて喋れなかった。
「キミはMなのかい?」
「カナがSなだけです」
「違うわよっ!」
「むにゅ……うぅん、何かあったの、せんせー?」
 騒いでいて起こしてしまったのか、ベッドを隔てるカーテンが開き、目を擦ってるお姉ちゃんが姿を現した。
「あっ、タカくん! タカくんもお昼寝? 眠いもんねー」
 てぺてぺとペンギンのような足つきで俺の元まで歩み寄り、お姉ちゃんはにっこり笑って俺の手を握った。
「えへへー。タカくん、お姉ちゃんと一緒にお昼寝しよ?」
 元より抵抗するつもりがない上に、お姉ちゃんのはにかむような笑顔とあっては俺の答えは一つしかない。
「するっばあっ」
 語尾がおかしくなったのは、隣の貧乳が俺のアゴを打ち抜いたからです。
「ダメよダメダメ、絶対ダメッ! 一緒なんてダメっ!」
 家ではよく一緒に寝てるのに、ここまで頑なに否定されると反骨心が鎌首をもたげまくり!
「くく……そんな簡単にこの俺が食い下がると思ったか、愚か者め!」
 と言おうと思ったのだけど、アゴが痛くて床を芋虫みたいに転がりまわるので精一杯です。あと、言うとたぶんまた殴られるので言わないで正解。
「あー……思ったんだが、キミたち姉妹が一緒に寝て、そこで転がってる覗き魔が一人で寝てはどうかな?」
 保険医が正解を言った。覗き魔という呼び名は別として。
「でも、お姉ちゃんはタカくんと一緒に寝たいです」
 お姉ちゃんが真顔で無茶を言った。寝ぼけていると願いたい。
「姉ちゃん、なに馬鹿なこと言って……どこ見てんのよ、馬鹿兄貴!」
 お姉ちゃんにつっこもうとしていたカナの足元にさりげなく転がってパンツをじっと見たら、踏まれた。
「お、お姉ちゃ〜ん、カナが妹のくせに兄の顔を踏む〜」
「タカくん、めっ!」
 お姉ちゃんに慰めてもらおうと擦り寄ったら、怒られた。やはり妹とはいえ、パンツを覗くのはよくないと言いたいのだろうか。
「カナちゃんのパンツ見る前に、ちゃんとお姉ちゃんのパンツを見なさい!」
 違った。世界広しとはいえ、姉のパンツを覗かないで怒られるのは俺か涎くらいなものだろう。
「ちょっと、姉ちゃんも兄貴も、ここ学校なんだからあんまり自由にしないの! 先生も呆れて……」
「ははっ、なんとも麗しい姉弟愛だな。なんだか私も弟が欲しくなってきたぞ」
 保険医は度量がすごく広かった。
「どうだ、そこの弟を一つ私にくれないか?」
「「ダメですっ!」」
 四つの腕が俺を引っ張り、二つのほわほわおっぱいと二つの控えめおっぱいを背中に感じた。
「……あー、お姉ちゃんはなんとなくそうするだろなーとは思ったが」
「……つ、ついよ、つい。別にいらないんだけどね、こんな兄貴」
 控えめおっぱいの持ち主が、恥ずかしそうに頬を染めていた。
「お姉ちゃんはねー、タカくんいるよー。必須アイテムだよー」
 豊満な方はいつものように平和な顔ですりすりしてきた。
「アイテム呼ばわりはどうかと思ったが、眠気がMAXなので寝たい。先生、体調不良ってことで寝ます」
 二人に抱きつかれたままベッドに移動する。
「ちょ、ちょっと姉ちゃん、手離して、手! 姉ちゃんの手が上だから、どけてくれないとあたし兄貴から離れられないじゃない!」
「あ、3人一緒で寝るなんて久しぶりだねー。えへ、お姉ちゃん、ちょっと楽しみ」
 いつもと同じように見えたが、これでかなり眠いようで、今日のお姉ちゃんは頭が緩い感じだ。
「ちょ、ちょっと姉ちゃんってば! もう、先生、どうにかしてください!」
「あー、ベッドは汚さんようにな」
 もう興味をなくしたのか、保険医は机に向かって書き物をしながら適当に言った。
「大丈夫だぞ、カナ。学校だし挿れたりしないぞ」
「学校どころか家でも挿……そ、そういうことしたことないわよっ!」
 その言葉を言わないところに淑女のたしなみを感じる。どうでもいい。
 なんてことを考えてる間に、ベッドに到着。団子状態でベッドに寝そべる。
「うわ、落ちる落ちる! 兄貴、もっと向こう行きなさいよ!」
「そうすると、お姉ちゃんが床に落ちることに。……できない、そんな非道なこと、俺にはできない!」
「タカくん……お姉ちゃん、優しいタカくんの心遣いに超感動! すりすりすりっ!」
「お姉ちゃーんっ」(もふもふ)
 すりすりされたので、お返しにもふもふする。
「ばっ、ばか、それあたしだって! 姉ちゃんの胸はそっち!」
 カナと間違えた。狭いからしょうがないよね。
「ごめん、カナ。こっちだな、こっち。えい、もふもふー」
「だっ、だから、それはあたしだってば! こっ、こら、もふもふしないのっ」
 お姉ちゃんの巨乳もよいが、カナの貧乳も趣があって大変よろしい。よし、もう一度!
「……よく考えたら、狭いからってあたしと姉ちゃん間違うわけないわよね」
 しまった、ばれた。

 と、いうわけで。
「くー……くー……」
「ぐーぐー……んう、馬鹿兄貴……」
 罰として、ロッカーの中に閉じ込められるという刑に処されました。寂しいは掃除用具が臭いは割と最悪。
「こうなっては怪人、ロッカー男として一世を風靡するしか……!」
「ロッカー男、保健室では静かにな」
 先生に注意されたので、黙って寝る。


【ツンデレな妹VSデレデレな姉15】

「お姉ちゃん、タカくんに対しちょっと甘すぎました。お姉ちゃんはこれから厳しくなろうと思います」
 家族みんなで朝食を食べてると、お姉ちゃんが突然立ち上がりおかしなことを言い出した。
「それはつまり、今日から一緒に寝ないってこと?」
「それはまた別の話です。一緒には寝ます。お姉ちゃんと弟は一蓮托生、呉越同舟です」
 お姉ちゃんは四文字熟語が好きだけど、意味はよく知らないらしい。
「はー……厳しくって、あたしは無理だと思うけどねー」
 さっきまで黙ってパンを食べてた妹のカナが、ちょっと呆れたように言った。
「そんなことないです。お姉ちゃんにかかれば、タカくんを厳しくしつけるのも容易いのです」
 しつけって……獣か何かか、俺は。なんて思いながら、パンをぱくつく。
「あっあっ、タカくんパンくずがこぼれてるよ。ほらほら」
 お姉ちゃんがこぼれたパンくずを拾い、食べた。
「……どこが厳しいのよ、どこが」
「むぐむぐ……い、家を出てからです。家の中はセーフゾーンです」
 なんの気まぐれでこんなことを言い出したか知らないけど、お姉ちゃんが弟離れするいい機会だ。
「あ、今はセーフゾーンなので、タカくんはお姉ちゃんにあーんしてください」
 ……本当に厳しく出来るのかな、と思いながら雛鳥のように大きく口を開けてるお姉ちゃんの口にパンを千切って入れた。

 用意を終え、玄関に集結。
「じゃー行こっか、姉ちゃ……」
 靴を履き終えたカナがこっちを見て止まった。
「ううー、ここを出たらタカくんにすりすりできないぃ……。ね、ね、今日は学校お休みしない?」
「はいはい、いーから行く」
 俺に抱きついてるお姉ちゃんに靴を履かせ、カナはお姉ちゃんを引きずって家を出た。俺もついていく。
「ううー……カナちゃんいじわるだよ」

「そうだな。学校を休むという案は非常に魅力的だと言うのに……さてはカナ、お姉ちゃんの豊乳に嫉妬してこんないじわるをかはっ」
 語尾がおかしくなったのは、カナの鋭いボディーブローが腹に突き刺さったからです。
「はいはい、いーから行く」
 腹をさすりながら、お姉ちゃんに甘えるべくそちらを見る。……あれ?
「どうしたの、タカシ?」
 いつものお姉ちゃんなら、ここで優しく腹をさすさすしてくれるのに……。呼び名もタカくんから、タカシになってるし。
「うーん、厳しい」
「どこがよ……ほら、行くわよ兄貴」
 三人並んでぽてぽて歩く。
「しっかし、アレだな。お姉ちゃんって黙ってたらかなり美人だよな。いっつもデレンデレンの顔しか見てないからよく分かんなかったけど」
 お姉ちゃんの顔がちょっとにやけた。
「……ふーん」
 そして、それに呼応するかのようにカナの顔がちょっと怖い感じに。
「や、その、カナは美人ってより、可愛いって感じだし。あ、俺は美人よりカナみたいな可愛い系の方が好きだよ?」
「ちょ、ちょっと、何言ってんのよ、もー」
 カナは少し頬を染め、俺の背中をばんばん叩いた。満更でもない様子に安心したが、なんで俺は家族相手にこんな会話をしてるんでしょうか。
「特に頭の両端からでろーんと伸びてる昆布……いやいや、髪……いや、昆布? が可愛い」
「髪よっ! ツインテールっつーのよっ! なんで昆布に着地してんのよっ!」
「ほらほら。二人とも、道端で喧嘩したらダメでしょ。全く、恥ずかしいんだから……」
「「…………」」
 カナと二人、思わず顔を見合わせる。普段のお姉ちゃんなら、俺と一緒に騒ぐはずなのに……。
「流石はお姉ちゃん! 欲望を完全に律しているとは……見事にゃり!」
「いや、にゃりってアンタ……それはともかく、すごいね姉ちゃん。ちょっと尊敬したわ」
 けど、ちょっと寂しいかなーなんて思いながら路地の横を通りかかった時。
「ん?」
 風のような何かが俺を路地に連れ去ったかと思うと、俺にぴたーっとくっついてきた。

「うううううー……」
 地の底から響くような声……な、なに? 妖怪の一種?
「だーめーだーぁ……もう我慢無理。お姉ちゃん、タカくんと手繋ぎたいよぅ……」
 妖怪の一種と思われたものは、よくよく見るとお姉ちゃんだった。
「いや、あの、お姉ちゃん? まだ家出てから5分も経ってないけど……」
「タカくんはお姉ちゃんと手繋がなくても平気だって言うの!?」
「わりと」
 ショックのあまり、お姉ちゃんが世界の終わりみたいな顔になった。かと思ったら、ひんひん泣きだした。
「あー、あーあー。もー、泣くなよお姉ちゃん」
「ううー……タカくんがいじめるぅ……ひーん」
「いじめたわけじゃ……ま、とにかくほら、行こう?」
 適当に慰めて、手をきゅっと握ってあげるとようやく泣き止んでくれた。
「ひんひん……ごめんね、情けないお姉ちゃんで」
「そればっかりは否定する要素がまるで見当たらない」
 またひんひん泣き出したので、適当に慰めてから路地を出る。
「あっ、兄貴! 姉ちゃんは……そこね」
 俺に手を繋がれひんひん泣いてるお姉ちゃんを見て、カナがため息をついた。
「無理矢理したら泣かれた」
「兄貴ぃッ!」
 軽い冗談で朝からすごい殴られた。

「やっぱお姉ちゃんが厳しくするのは無理、っつーことで」
「む、無理じゃないよ? 毎日少しずつ頑張ればいいとお姉ちゃん思うの。継続は力なり、って言うし。ね? ね?」
「……や、無理でしょ」
 俺の腕に自分の腕をからませ、ニッコニコの笑顔をふりまくお姉ちゃんをげっそりした顔で見るカナだった。


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