第12話

前回までのあらすじ:雪女→約束→決意

なんとなくカッコイイ文字を並べてみました。
里の長との話し合いの後、俺はこの宿の主である老夫婦の元へ行き宿を継ぐ話をした。
「そうだな・・・君がこっちにこれるのはいつになりそうだい?」
「そうですね・・・冬までにはこれると思います」
「じゃぁ、来年の春まで私達と一緒に働いて感覚を掴んでもらおう」
『色々決まり事・・・覚えてもらわないとですからね』
「よろしくお願いします」
話がついたので、俺は帰ることにした。もう少しゆっくりしていけば、とも言われたが
そんな時間すら惜しく感じられる。早く準備を整えれば、その分早く纏に逢える。
車を走らせ家に戻ると、すぐさま着替えて会社へ向かった。

『あれ・・・別府さん?まだ夏休み中では?』
社内ですれ違った同僚に声を掛けられた。別に隠したい訳でもないが、なんとなく
話しづらかったので、帰り途中のサービスエリアで購入したお土産を見せた。
『あ〜、なるほど。でも、休みが終わってからでもよかったんじゃ?』
「暑いから、痛んだら一大事と思って」
そう言って適当にあしらうと上司の元へ向かった。
コンコン
中から「どうぞ」という声が聞こえたのでドアを開ける。
「失礼します」
「・・・あれ?お前、今週は休みだったんじゃなかったか?」
「今日は大事なお話がありまして・・・来ました」
俺の真剣な顔を見て事の重要さが分かったらしく、椅子に座ることを進められた。
単なる椅子だが、これが・・・俺にとっての新たな出発点に思える。
その出発点に腰掛けて、俺は話しを始めた。

「そうか・・・」
背もたれに深くもたれ掛かり、天井を見つめながら上司が呟く。
何を言われても決意を変えるつもりはなかったが、やはり次の言葉を聞くのが怖い。
もし、ダメだと言われたら・・・いや、俺なんて平社員を引きとめはしないだろう。
俯いたまま、両のこぶしをぎゅっと握りしめ、審判の時を待つ。
「ぷっ・・・あははは、そうか、そうか!」
いきなり笑い声が聞こえた。あっけに取られて上司の顔をみると、ニンマリとしていた。
「好きな女の為に田舎暮らしか・・・お前らしくないというのか・・・お前らしいというのか」
ちなみに、雪女の事は一切言っていない。ただ、夏休み中に付き合い始めた女の子と
結婚する条件として家業である宿を継がなければならない、という事にしておいた。
「・・・」
「すぐに行って来いと言いたいがな、そういう訳にもいかんな」
「それは・・・理解しています」
「お前が自分自身をどう評価しているかはわからんが・・・いや、この話は止めておこう」
「え?」
「お前がこの会社に必要な人間であると言えば、引き止めることになるからな」
そう言うと、笑って俺の肩を2回3回とバシバシ叩く。
「あ、あの・・・」
「皆に話しをするからお前も来い。引継ぎとかあるし、これから忙しくなるぞ!」
「は、はい!」

やりかけの仕事の片付けや、客先へのあいさつ回り、自分しか知らない知識をドキュメントに
起こす等々、考えていた以上にやる事があった。
カレンダーが数枚めくられ、夏服が秋物に変わり、街路樹が色づき始める頃、ようやく俺は
あの宿の前に立つことができたのだ。
『おや、やっと来たのかい』
「待ちくたびれたよ」
「これから・・・よろしくお願いします」
笑顔の老夫婦に迎えられ、俺の新しい生活が始まった。

「ありがとうございました」
最後のスキー客を送り出し、部屋の掃除を始めようと窓を開けると、冷たい空気が流れ込んでくる。
冬の空気の中にどこか待ち遠しい・・・春の匂い。
俺がここで過ごす最初の冬が終わろうとしている。日々なれない生活と新しく覚える事の多さで
ヘトヘトになりながら、それでもなんとか無事に乗り切れた。
その日の晩御飯で、こんな話しが切り出された。
「なぁ、タカシ君」
「はい」
「もう・・・一人で何とかなると思うのだが・・・どうかな?」
『そうね、あんだけやれたんだもの。それに、ご近所さんも協力してくれるって言ってたし』
つまり、ここを全て俺に任せるという事。不安はないと言えば嘘になるが、それ以上に
一人前として認めてくれた事が嬉しく思える。
「まだまだ至らぬ点はありますが・・・頑張ります」
「そうか・・・それじゃ、後は頼むぞ」
『よろしくお願いします』
その3日後、老夫婦は息子夫妻の住む所へ行った。

スキーシーズンが終われば、宿の裏手にある畑の手入れがあるくらいで、他にはやる事もない。
畑といっても、せいぜい朝方に始めれば昼には終わる程度の大きさだ。
あとは日がな一日、電話が来るのを待つだけ。そう、雪女から用事を言いつかる電話。
その電話も滅多に鳴ることはないので、午後はまるっきり暇をする事になる。
やる事と言えば、もっぱらゲームとかインターネットばっかりで、これといった趣味を
持たなかった事を激しく後悔していた。
贔屓にしている掲示板に「保守」と書き込んだ所で電話がけたたましい音で鳴り響く。
しばし何事かとあっけに取られていたが、我に帰ると急いで受話器をとる。
「も、もしもし」
『調達していただきたい物があります』
「少々お待ちください」
手近にあった紙切れと鉛筆を手繰り寄せて、メモを取る準備。
「は、どうぞ」
『アイスを二つお願いします』
「あい・・・アイス!?」
冬場にアイスを食べる事事態は珍しくない。コンビニでも売っているくらいだし。
しかし、雪女がそんなものを注文してきたのはここへ来て初めてだ。
「あの・・・どんなのですか?例えば、バニラとかカキ氷タイプがいいとか」
電話の向うで、なにやら相談するような話し声が聞こえる。
『貴方のセンスにお任せします。夕方取りに行きますので、お願いします』
そう言うとガチャっと電話が切れる音がした。
そういう注文が一番難しいのだが・・・とりあえず、コンビニへ行き何種類か買っておいた。
この中から選ばせればいいか。残ったら・・・暖房をガンガン効かせた部屋で食べるとしよう。

ピンポーン
夕方ごろ、チャイムが鳴る。いつも雪女の使いが来る時は緊張するものだ。
出ようとすると、さらにチャイムが鳴る。
「はーい、今行きます」
その言葉を無視するように、チャイムが何度も鳴らされた。
あー、うるせぇ・・・なんかムカつく。こんな傍若無人なチャイムの鳴らし方は新聞とか宗教か?
玄関に向かう途中ずっと鳴らされ続ければ、仏様でもブチキレだよな。俺もブチキレだし。

「うるせぇ!!!!どこのどいつだ!!!」
ガチャ ガツッ
『いたっ・・・』
勢い良くドアを開けるとドアが何かに当たる音と痛がる声がした。
その声の方向をみると・・・
「お、お前・・・」
『儂をこのような目にあわせるとはのぉ・・・覚悟は出来ておるか?』
チャイムを鳴らした主が、俺の顔を見てニコリと笑う。
『久しぶりじゃな、タカシ』
気がつくと思いっきり抱きしめて、頭を撫でまわしていた。
『こ、こら!こんなところで・・・何をするのじゃ!』
「纏・・・纏!!」
『は、離せ・・・莫迦者が』
だんだん声の調子が弱くなっていく。さらに撫でる手に力を込めて、激しく撫で回す。
『やっ、だ、だめじゃ・・・そんな・・・ふぁ・・・だめ・・・じゃ・・・』
顔を見ると、目はトロンとなり、口は半開きになっていた。
さすがにやりすぎたかな・・・?
「ゴメン、あまりに嬉しかったから・・・つい」
『つい、ではない!危うくどうかなる所じゃったぞ!まったく・・・』
個人的には、どうかなってくれても良かったんだけど。
「しかし・・・使いの人が纏だったなんて、ビックリしたよ」
『べ、別にお主に逢いたいから使いに志願した訳ではないのじゃぞ?これも罰の一つであってじゃな』
「理由なんてどうでもいいよ。これからは、ずっと一緒に居られるんだろ?」
視線をそらして、俯く。
「どうした?」
『いや・・・無理じゃ』
「ど、どうして?」

ちなみに、俺が「保守」と書き込んだ掲示板、言わずもがなである。


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system