その4

オレと唯は地元に到着。そのころには夕方になっていた。
唯「ねぇ、お兄さん。公園に行かない?」
タカシ「公園って昨日お前がいた公園?」
唯「うん」
タカシ「どうしよっかなぁ。今日はもう疲れたしなぁ」
唯「ボクが行くって言ったら行くの!」
タカシ「へいへい・・・」
オレたちは公園に到着する。もともとそんなに大きな公園ではないし、夕方なため人は一人もいなかった。
唯は公園に着くと、ぼんやりとベンチのほうまで歩いて行った。
タカシ「この公園好きなのか?」
唯「うん・・・」
唯はしばらく夕日を眺めていたかと思うと、ゆっくりとオレのほうへ振り向いた。
その幻想的な姿にオレは少しドキッとする。
唯「お兄さん・・・なにか思い出せない?」
タカシ「え・・・?」
隣町でも同じような質問をした。唯はオレになにが言いたいんだろうか・・・。
タカシ「・・・いや、わからない。なにかあるのか?」
唯「・・・」
唯は下を向くと、そのまま何も喋らなくなってしまった。その表情はとても悲しそうに見える。
やがて唯は一言「なんでもない」と口にするとオレを背にして公園を歩きだした。
タカシ「あ・・・唯」
唯「・・・なに?」
タカシ「お前、家に帰らなくてのか?」
唯「・・・ボクには帰る家なんてないもの」
タカシ「・・・?どういうことだ?」
唯「わけは・・・聞かないで」
タカシ「でも・・・」
唯「聞かないで・・・お願いだから」
唯はオレの目をじっと見つめながらそう言った。夕日に照らされたその瞳はとても悲しげだった。
そしてオレは勇気を出して言ってみた。
タカシ「唯、もしよかったらオレんとこにいてもいいぞ」
唯「え・・・」
タカシ「その、オレがむこうに戻るまでの間だけだけどな」
唯「・・・」
沈黙。唯は真っすぐにオレの顔を見つめていた。
そして次の瞬間、泣きだした。それと同時にオレの胸へと飛び込んできた。
タカシ「お、おい」
唯「お兄さんのバカ!どうして・・・どうしてボクのこと・・・!」
唯はオレの胸をドンドン叩くと、ますます大きな声で泣きだす。
唯「ボクは・・・ボクはずっと・・・ずっと・・・・・・バカバカバカッ!!!」
タカシ「・・・」
オレは気がつかないうちに唯のことを傷つけてしまっていたようだった。
その原因はわからなかったが、とりあえず今は唯に「ごめん」としか言えなかった。
そう言うと唯はますます声を大きくして泣きだした。
冬の冷たい風が、オレたちを痛いほどに冷たくした。

唯がオレの家へ来てから一週間の月日がたった。
はじめて出会った時と何も変わらないオレたちの日常。
ただ、一つだけ変わったことがある。それは、オレが唯を好きになっていったこと・・・。
唯「なにぼんやりしてるの?」
タカシ「えっ!?あ、いや、別になんでもないよ」
唯「ふうーん」
この時オレはあることを考えていた。それは、オレがこの町で一番好きだった場所に唯を連れていくこと。
唯「ねぇ、お兄さん」
タカシ「んっ!?なになに??」
唯「・・・変なの」
ヤバい・・・めちゃめちゃきょどっちまったよ。
唯「あのさ、もうすぐクリスマスだよね」
タカシ「あ、ああ。・・・クリスマス・・・」
クリスマス。それはオレのおふくろが死んだ日だ。
突然のことだった。
オレが新しい町に引っ越してから一年がたった中3の時、電話が鳴った。
電話を切ると親父はオレにすぐに準備をしろと伝えると、車を走らせた。
事故だった。
病院に着くと、おふくろは力なくオレの手を握ってきた。
オレはその手を力いっぱい握り締めた。おふくろの手がつぶれるくらい、力いっぱい握り締めたんだ。
そしておふくろはオレの顔を見ながらニコッと笑い「ありがとう」とつぶやくと息を引き取った。
その日以来、オレの中でクリスマスは一番憂欝な日になった。
だからいい思い出なんか一つもないし、思い出したくもない。
そんな悪魔のような日。それがオレにとってのクリスマスだった。
今までも、そしてこれからもそれは変わらないだろう。
唯「・・・どうしたの?真剣な顔して」
タカシ「いや、なんでもない・・・それより唯、これから出かけないか?」
唯「出かけるって・・・どこへ?」
タカシ「秘密」
唯「・・・なんだよそれぇ。ボクをバカにしてるな」
タカシ「いや、してないしてない。とりあえずお楽しみってことで、な?」
唯「なんでボクがお兄さんと知らない場所に出かけなきゃならないんだよぉ。教えないとイヤだもん」
こ、こいつ・・・下手に出てればいい気になりおって・・・。こうなったら・・・!
タカシ「アイス奢ってやるよ」
唯「な・・・!?ボ、ボクがそんな餌に釣られると思って・・・!」
タカシ「それもバーゲンダッツだ」
唯「・・・!!」
唯と暮らしてみてわかったこと。それはこいつが無類のアイス好きということだ。
この前なんか10人前以上はありそうなアイスを一人でたいらげていた。
・・・それもこのクソ寒い中だ。アイス星からやって来たんじゃないかと錯覚しそうにさえなる。
タカシ「どうだ?」
唯「し、仕方ないなぁ。別にアイスが食べたいからってわけじゃないけど、付き合ってあげるよ!」
作戦成功。オレたちは準備をすませると外に出た。
予定としてはアイスを買って、そのあとオレの大好きだった場所に行くという感じだ。
アイスを買いに行く途中、オレはある家の前で立ち止まった。
七瀬
標識が七瀬となっている。
たしか唯の名字も七瀬だったはずだ。めずらしい名字なため、同じ地元に二人といるとは思えない。
タカシ「唯、この家ってもしかして・・・」
唯「し、知らないよ」
タカシ「でもさ、七瀬なんて名字・・・」
唯「知らないって言ってるだろっ!ボクを信用しろよなっ!」
タカシ「あ、ああ。わかったよ」
唯「・・・」
とりあえず今は唯が知らないと言うため、それを信用するほかなかった。
その後、唯はあまり喋らなくなってしまったが、商店が近くなってくるにつれてまたお喋りになってきた。
そして、商店に到着する。
タカシ「アイスの味はなにがいいんだ?」
唯「ボクはバニラ!外で待ってるからボクの分も買ってきてよな」
タカシ「へいへい」
オレは巨大な冷凍庫の中からバニラと抹茶のアイスを取り出すと、店員のおばちゃんに渡した。
おばちゃん「二つも食べるのかい?」
タカシ「いや、友達と二人で」
おばちゃん「そうかい」
オレは会計をすませると、外にいる唯にアイスを手渡した。
唯「ありがと!」
タカシ「じゃあこのベンチで食べようか?」
唯「ううん。人目のつかないところがいいな」
タカシ「うーん。じゃああそこにするか」
唯「うん!」
オレたちは近くにあった神社の裏に座るとアイスを食べ始めた。
オレは全部食べ終えるころには寒くてブルブル震えていたが、唯はそんな様子を微塵も見せず、嬉しそうにアイスを食べていた。
唯「なに寒がってるんだよ。情けないなぁ」
・・・オレはほんとにアイス星から来たんじゃないかと思い始めた。
タカシ「あっ・・・あそこに見えるのって、雪桜病院じゃん」
唯「ほんとだ・・・ね」
タカシ「オレ、小さいころあそこで入院してたんだよなぁ。盲腸で」
唯「そう・・・」
タカシ「あそこの飯まずくってさ!唯は入院したことあるか?」
唯「・・・」
タカシ「・・・唯?どうした?」
唯「えっ!?な、なんでもないよっ!ボクが入院?するわけないだろっ!お兄さんみたいにバカじゃないんだからっ!」
タカシ「バカは関係ないだろバカは」
唯「べーっ!」
唯はオレに向かって舌を出すと、再びアイスを食べ始めた。

そして、オレたちはアイスを食べ終えると目的地へ向かって歩き始めた。
唯「一体どこまで行くんだよぉ〜」
タカシ「もうちょいもうちょい」
唯「さっきからそればっかり・・・」

やがて、目的地へ到着する。そのころには夜の七時を回っていた。
タカシ「着いたぞ」
唯「・・・すごい」
そこは山の上だった。町を一望できて、てっぺんには巨大な木が植えられている。
唯「あ、見て!」
唯の指差すほうを眺めると無数の星が輝いていた。今にもそれらが降ってきそうな、そんな雰囲気だった。
タカシ「・・・」
言うなら今しかない。オレはぎゅっと拳を握り締めると、覚悟を決めた。
タカシ「唯・・・」
唯「ん?」
オレは真剣な眼差しで唯を見つめると、唯の両肩を掴んだ。
唯「な、な、な、な、な、何するんだよっ!は、は、離せよなっ!」
タカシ「・・・真面目に聞いてくれ」
唯「・・・え、あ、はい」
オレは緊張と寒さのせいで体が軽く震えていた。だけど、言わないわけにはいかない・・・。
タカシ「オレ・・・お前のこと・・・」
唯「あーっ、お兄さん!き、今日の晩ご飯何がいいかな?」
突然、唯は思い出したように叫んだ。あまりにも急なため、覚悟を決めていたオレも面食らってしまう。
タカシ「えっ・・・?」
唯「だ、大根の煮物がいい?それともさ・・・」
タカシ「唯・・・真剣に聞いてくれ・・・」
唯「・・・お兄さん、ボク・・・ボクは・・・」
タカシ「オレ、お前のこと・・・」
唯「言わないでよっ!」
唯は乱暴にオレの手を振りほどくと、悲しい目でオレを見つめた。
タカシ「唯・・・?」
唯「・・・ボクは、お兄さんとずっと一緒にいられるわけじゃないんだぞ」
タカシ「でも・・・!」
唯「それに違うんだ。お兄さんは・・・ボクの知ってるお兄さんじゃないんだ・・・」
タカシ「唯の知ってる・・・お兄さん?」
唯「・・・お兄さんは違うんだ・・・きっと違うんだ・・・」
タカシ「・・・」
唯「・・・」
オレは唯の言っていることがわからなかった。だけど、唯がオレを受け入れてくれないってことだけはわかったんだ。
オレたちはその後何も喋らなかったので、無言のまま家に向かった。

その帰り道。オレは全てのことに気づくことになるとは、この時はまだ知るよしもなかった・・・。


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